2006-11

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スターゲート

ベトナム旅行のブログをようやく仕上げる。2回旅行した気分。
疲れてしまい、何もする気力が失せ、外に行くのが億劫になる。
Sさんは元気に東京音響への切符の申し込みと映画に出かける。

歌の練習。やらないと何かし残したような気分。

スターゲートスタートレックを見まくる。
スターゲートの紹介:
1994年の映画「スターゲイト」から発展して製作されたTVシリーズ「スターゲイト」は1997年からのスタート以来アメリカではSFTVシリーズとしての最長不倒距離を更新し続け、さらに2004年からは”Stargate Atlantis”がスタートし、これまた本国では大ヒットを記録している。
物語:
1928年にエジプトで発見されたリング状の建造物は遥か太古にエイリアンによって作られた異星間移動装置スターゲイトだった。このゲイトの作動に成功したアメリカ空軍は同時に宇宙の侵略者ゴアウルドの存在を知りこれに対抗するために精鋭チームSG-1を結成し、大宇宙の神秘を探査しながら、ゴアウルドの魔手を打ち砕くべく壮大な戦いを始める。
キャスト:
ジャック・オニール大佐(将軍に昇格)
タフで不屈の精神力とユーモアを持ち、どんな苦境でも軽口を叩くことを忘れない。その行動力と戦闘能力、さらに誠実な人柄からエイリアン達にも信頼される。
サマンサ・カーター少佐
パイロットの経験を持つアメリカ空軍士官であると同時に理論天体物理学者。オニール大佐を尊敬し、憎からず思っている。
ダニエル・ジャクソン博士
考古学者。ゴアウルドとの戦いに身を投じるが、常に研究を最優先させるためにオニール大佐とよく衝突する。
ティルク
ゴアウルドに支配された惑星チューラク出身で、彼らの奴隷にして戦闘員のジャファとして幼い頃からゴアウルドの幼生を腹の中に植え込まれ、戦闘の道具にされていた。オニール大佐に説得され、ゴアウルドと戦うためにSG-1に参加する。

スターゲート」「スタートレック」「芋たこなんきん」を見出すと止まらなくなるのが頭痛の種である。
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水曜会

ブログ作成に時間をとられる。旅行中メモをしているが、思い出せないところは写真やWebで調べるので時間がかかる。もう一度旅をしているようで楽しい。

久しぶりに庭仕事。プランターに植えた球根が一斉に芽吹いて足の踏み場もない。ルコウソウの種を取って蔓を除去。延びすぎたキンシバイなどや、枯れたシランなどを切る。だいぶすっきりする。

水曜会
早めに着く。久しぶりに机を並べる。久しぶりなので並べ方に戸惑う。その内Otさんがやって来る。並べ終わったらMwさんが来る。
先生がやって来る。Adさんから久しぶりと言われる。先生が2週間ぶりだという。違います1週間休んだだけです。

発声練習のとき、何を間違ったかベトナムに行ったら上手くなったとおっしゃる。後が怖い。確かにホテルで歌ったときは上手くなった様な気がしたが、帰って歌ったら変っていなかった。

コンコーネ10番。「私の動物園」より「からす」「ひよっこ」。「七つの子ども歌」より「三地方の子守歌」「あんたがたどこさ」。「空、海、大地と木のうた」より「空と海のあいだで」。「おにのおにぎり」「幸福が遠すぎたら」。

歌いだしたらあれれ上手く歌えない。「三地方の子守歌」あたりからメロメロ。途中から団長が来たので聞きながらあわせようとする。しかし半音づつずれるところは全くお手上げ。
「空と海のあいだで」は最も簡単な曲なのに何故歌えないのかと言われる。一人で歌っているときは簡単に歌えるのになあ。

早く来て椅子を並べるYdさんが遅れてくる。旅行帰り。時間に合わせて帰るのはえらい。

何時も早いバスのTkさんが遅れてやってくる。何時もジーパンなのにばしっと決めてくる。お客様のパーティを途中で抜け出してくる。美味しい日本酒が出たが飲んだら行きたくなくなるので止めたという。えらい。

Msさんが、最後の幸せが遠すぎたらを歌っている時、やってくる。お仕事ご苦労さん。最後にやってくるのはえらい。(後でSkさんが本当は飲みたいから来たんじゃないのかと毒舌。)

Ksさんが、会社のコンピュータシステムがダウンして、出張の準備が出来ずあせった。とにかく水曜会に行かなくてはと手で処理をしたのでくたくたと言う。

Otさんは家でヘッドフォンで練習しているので奥さんから声をかけられても返事をしないと評判が悪いそうだ。

皆、凄く熱心。感服。

飲み会。先週は20人を越えたそうだが今週は11人。何時もと違う場所。美味しい。特に魚のアラ煮込みは絶品。ワインもいける。残念ながら12月は一杯で予約できないそうだ。

Msさんの誕生日。ハッピィバースデイを歌う。
Hsさんから無事帰ってきて良かったと言われる。
Nkさんからだんだん上達してるから自信を持ちなさいと慰められる。
飲みすぎる。

庭のコバノランタナ
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庭のヒメツルソバとバッタ
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庭のヤツデの花
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夕闇の松の川緑道

芋たこなんきんを久しぶりに見る。
来客。荷物の整理、ブログ作成、メールの返事、歌の練習であっという間に時間がなくなる。

3時過ぎに、Sさんとお使いに出かける。歩く途中で服装を何時も直すので照れてしまう。

帰りは別れて松の川緑道に行く。
ラクビーグランドはもう片づけをしている。洗物をしているので微笑む。サッカーはまだ練習をしている。ホッケーも珍しく遅くまで練習。野球は何時も遅くまで練習している。

ベトナムの余韻が残ってぼんやり歩く。30℃を越す暑さから15℃前後の寒さに直面したがあまり違和感はない。
花が少ない。二つの小池で金魚が元気なので安心。薄暗くなってきたので早足で帰る。

松の川緑道の野菊
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お茶の花
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近所の菊
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お疲れ

飛行機の中では眠れず「プラダを着た悪魔」を見る。面白い。
朝、7時前に成田に着く。
お腹がすいたので朝から開いている、マクドナルドに寄る。Sさんはお粥、私は麺。

帰宅。次男の食べ散らかした食器洗い。荷物の整理メールの整理をし始めたら途端に疲れがどっと出てくる。今日は勉強会の日だが、とても行けそうもなくなる。ドタキャンの連絡。申し訳なし。
ぐっすり眠る。

ベトナム旅行中の花々。

統一会堂のハナキリン
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ホイアンビーチリゾートの花
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ミーソン遺跡のオジギソウ
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福建会館の蓮
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フエの花
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ハロン湾に行く途中のブーゲンビリア
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ハノイ

最後の日程。ハノイ観光。
ガイドはハノイ大学の学生さんAさん。ノートを見ながら熱心に説明する。卒業したら日本企業に勤めたいそうだ。頭の良さそうな学生さん。

ホーチーミン廟。
休日のせいか中に入るのに行列が出来ている。荷物は持ち込めない。ガイドも中には入れない。ショートパンツの韓国女性が入るのを拒否され、上にスカートを履いて許可。なかなか厳しい。
軍人らしき警備員に誘導される。中では脱帽。車椅子に乗った老婆が来る。階段があるのでどうするかと思ったら警備員が皆で担ぎ上げる。老婆はホーチーミンの遺体に合掌し泣いている。ベトナム人は泣いている人が散見される。敬愛されているのがわかる。
遺体は旧ソ連の技術で眠るように残されている。故人の遺書では火葬するようにとの指示だったようだ。

ホーチーミン:革命によって権力を握った共産党指導者が独裁的になり、反対派に血の粛清を行う例が多い中にあって、ホー・チ・ミンは、腐敗・汚職に無縁で、禁欲的で無私な指導者であり、自らが個人崇拝の対象になることを嫌っていた。その慈愛に満ちた飄々たる風貌で民衆に愛され、晩年は国民から「ホーおじさん」と呼ばれ親しまれた。
没年1969年79歳。

ホーチミンの執務した部屋。高床式の家。書斎と寝室の2部屋しかなくて、家具調度もシンプルなものだけ。自然が好きで森の中の家。
衛兵が暑い中、不動の姿勢。

マンゴーの木が並ぶ道。
仏様の木。木の根が仏像のよう。

ホーチーミン記念館。解放戦争の歴史的な記録が保存されている。
Aさんは方向音痴か時々迷って道を聞く。
入る時、ザックを預けたが、違う出口から出たので、忘れてしまう。しばらく歩いて、軽いので気がつく。Aさんに言ったら大慌てで取りに行く。

文廟。孔子の霊を祀った建物。1070年に建てられ、1076年にはその境内に、ベトナムで最初の大学が開設。19世紀に建てられた「奎文閣」は、異なる顔をした亀の上に石碑が置かれている。15世紀以降、約300年間の官吏登用試験に合格した82人の名前が刻まれている。
Aさんは、試験の前に合格を祈って亀の頭をさすりに何度も訪れたそうだ。亀の頭をさすってお願いしている人が多い。
孔子、孟子をはじめ5人の儒教を広めた儒者が祭ってある。儒教はベトナムでは20世紀の始めに廃れる。
操り人形を売っている。操り人形のお芝居が盛んだそうだ。りっぱな芝居小屋がある。

「中国の料理を食べ、米国の家に住み、日本人の奥さんを貰うのが理想」と言う話をAさんが、日本語の先生にしたらそれは、30年前の話だと言われる。Sさんがいない時に、Aさんが貴方の奥さんはどうかと聞くので、素晴らしいよと言う。Sさんが戻ってきたので、Aさんが同じ質問をしたら、何でも奥さんにやってもらうなんて軟弱だと言うのでAさんは戸惑う。

ホアンキエム湖。
伝説によると、15世紀半ば、神から魔法の剣を授かったレ・ロイ帝は、この剣を使って中国軍からベトナムを解放する。その後、レ・ロイが湖で遊覧していた時に、突然黄金の亀が出現し、「国が平和になったので、神に宝剣を返して欲しい」と告げて、瞬く間に宝剣を口にくわえて湖底に消える。このような伝説から、ホアンキエム(還剣湖)と呼ばれるようになった。
湖の真ん中の小さな島に亀の塔がぽつんと建っている。

湖に行くまでに横切る道がバイクや車の合間をぬってわたるので怖い。
最初に筆の塔がある。湖は別名緑湖とも言われ1年中緑色をしている。
赤い橋を渡る。中に入るのに入場券がいるがAさんが買い忘れてあわてて戻る。ここらはアルバイトらしくご愛嬌。
赤い橋を渡ったところに玉山祠がある。境内には英雄チャン・フン・ダオや学、武、医の神が奉ってある。また、湖で捕獲された巨大な亀の剥製がある。湖には亀が多い。

ハノイ36通り。
ハノイの旧市街。狭い中に間口2,3間の小さな商店がびっしりと軒を連ねる。間口が狭いのは税金の関係?京都みたい。
路上でも適当なスペースがあれば誰かが店をひろげている。天秤棒を担ぎ、或いはリヤカーを押し物を売り歩く人。店では、時計、貴金属、化粧品に始まり、洋服、下着、食料品、薬、台所用品、大工道具、土産物、文房具、おもちゃ、葬式道具、墓石、雑貨等、およそ日用品は何でも売っている。
すれ違うのにも厳しいぐらいの細い道にバイクが入ってくる。ゆっくり人を避けて進む。良く品物を引っ掛けないものだ。お店の人も文句を言わないところを見ると、日常茶飯事なんだろう。
Aさんは時々道に迷って道を聞いている。確かに一人で来たらたちまち迷子になりそう。

食事は日本食。ほっとしてしまうから不思議。
後ろの席で若いベトナム女性を2人連れた日本のおじさんが大きな声でわめき散らすのに閉口。Sさんは小さい声で悪口を言う。

終わった。Aさんと別れて、部屋に戻る。どこか散策に行く時間はあるが、Sさんが疲れてしまったので部屋で過ごすことにする。歌の練習。ホテルの部屋は音が響いて上手くなったような気がする。

18時には部屋をチェックアウトして、ロビーで迎えを待つ。
ハノイ空港から午前零時近く成田に向けて出発。

ホーチミンが執務した部屋
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文廟の奎文閣
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ホアンキエム湖
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ハノイ36通り
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ハロン湾

ホテルは、ホテル・ニッコー・ハノイ
APECの時は、安部首相が貸切で泊まった。
日本人が多い。

ハロン湾まで3時間の自動車の旅。
今回は、若い女性2人と一緒。ガイドは、Zさん。
まどろみながら行く。Sさんは、運転に時々悲鳴をあげて眠れないようだ。こちらの運転は、バイクや遅い車をクラクションを鳴らしながら追い越すのが定番。反対車線にはみ出して追い越すので向こうから車が来ると悲鳴をあげたくなる。高速道路でも、人が歩いたり、物売りがいたりしている。大きなベトナム製パンを売っている。休みにパンをお土産にして帰るそうだ。

ハノイ紅河が流れる。湖が多い。
途中の休憩所で、Sさんは、ポプリ入れを買う。
海老の養殖が多い。7割が日本向け。
道路を牛が歩いている。水牛は頭が良くて自分の家に帰るそうだが、普通の牛は頭が悪いから道に迷うそうだ。水牛は農耕には欠かせない働き者。ハノイには四季がある。現在は秋。とはいっても30度を越す暑さ。水牛が、フエの農村地帯に比べると少ないような気がする。

ハロン湾
大小3000もの奇岩・島々が存在する。 伝承では、中国がベトナムに侵攻してきた時、龍の親子が現れ敵を破り、口から吐き出した宝石が湾内の島々になったと伝えられている。 彫刻作品のような島々の景観は、太陽の位置によって輝きが変化し、雨や霧によってまた趣のある雰囲気を醸し出す。 地質学的には北は桂林から南はニンビンまでの広大な石灰岩台地の一角である。石灰岩台地が沈降し、風化作用によって削られ、現在の姿となった。
1994年に世界遺産指定。

ガイドのZさんから日帰りでハロン湾に行くのは日本人くらいで、外国人は1泊とか2泊してゆったりと楽しんでいるそうだ。
ようやくついて、船に乗り込む。ホテルつきの船がありフランス人などが良く利用するそうだ。

Zさんによると昨日は天候が悪く、霞がかかって良く見えなかったそうだ。今日は絶好のお天気。

いよいよ船に乗る。
ジャンク船は密集しており、掻き分ける様にして出航。乗客は日本人が多い。港では外国人が多かったので、日帰りはやはり日本人が多いのか。同席は車で一緒だった女性2人。
早速食事が始まる。海鮮料理。シャコ、海老、カニ、魚、イカなどその場で調理された料理。美味い。もりもり食べる。Sさんも体調が戻って良く食べる。

食事が終わる頃には、ハロン湾の絶景が始まる。だんだんと島に近づくと、その一角にある狭い海峡のような水路を目指して行く。絶景シ-ンが展開する海峡の入口関門。すべての観光クル-ズ船が、ここを目指して一列に並ぶようにして集まってくる。

船側に小船が音もなく近寄ってくる。果物を山積みした船で、少年がセ-ルスを始めている。家族ぐるみで商売。隣の席のお客に集中的に売り込んでいる。リッチに見えているからよと同席の女性が言う。
 
見事な奇岩の風景が展開。白い岩肌を見せながら雨後の竹の子ように屹立する奇岩の数々。それらが織りなす風景は、まるで山水画の世界。海の桂林。
さまざまな形をしている。ジャンク船が一斉に進む様も美しい。
Sさんと2人の女性はすっかり意気投合しておしゃべりに夢中。景色を見ながらぺちゃくちゃ。2階のデッキに上がる。ここからは景色が一望できうっとり見とれてしまう。
ノコギリの歯のように尖った奇岩群が横一列に並んで現れる。
前方に2つの面白い岩が見えてくる。鶏が闘うように見えるため闘鶏島と呼ばれるそうだ。他に猿島、靴に似た島などさまざま。
うっとり見とれていたら少し酔ったようになる。2階はゆれが下よりはあるようだ。
Sさんが、2人の女性が熊野に行ったことがあるそうだから話を聞いたらと呼びに来る。熊野は行きたいところなのでお二人の話を聞く。

ティエン・クン(天宮)という名の鍾乳洞に向かう。鍾乳洞の中にぽっかりと天に向かって開いた穴があり、それが天国につながっていると信じられていたことから、ティエンクン(「天宮」の意)と呼ばれているそうだ。1993年に発見。鍾乳洞の入口は断崖の中腹にあり、百数十段の狭い階段を上る。汗を流しながら上り洞窟の中に入ると、そこは乳白色の別世界。高さ20m、幅数10mほどの空洞の内部いっぱいに、さまざまな形に造形の妙を見せてくれる。オレンジやブル-の照明にライトアップ。龍の形や女神の形、オッパイの形もある。蒸し暑い。

終わって外に出ると涼しさにほっとする。
船に戻る桟橋の脇の浜に小さなカニが群れている。

帰りはあっという間。Zさんによるとハロン湾はもっと奥深く、日帰りではほんの一部を見ただけだそうだ。ハロン湾の夕日や朝の目覚めは素晴らしいそうだ。今度来るときは船で泊まろうSさんと話し合う。

余韻をかみ締めながら3時間揺られてハノイに戻る。

ハロン湾
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フエ

ホテルはセンチュリー・リバーサイド・イン・フエ
Sさんの体調がすぐれないので、午前中は休養。私も観光を取りやめ一緒についている。
ガイドのCさんが心配して、薬を用意してくれたりいろいろ心遣いしてくれ助かる。

Sさんが眠ったので、ホテルの周りを散歩。川のほとり。公園がある。木陰が少ないので暑い。きれいな女性がはだしでくつろいでいた。公園を過ぎて、橋の袂、タニシか何か貝を採っている。シクロ、オートバイをすすめる若者。

午後Sさんの体調が回復するので、出かける。
フエは33万人。
グエン朝王宮。
グエン朝は、ベトナムの最後の王朝。1802年 - 1945年。阮福暎(グエン・フク・アイン)が、タイソン朝を打倒して建国した。都はフエ。その後の1世紀にわたるフランスの植民地時代のきっかけを作ったのは彼がベトナム統一に外国の力を借りたことに起因。1884年12歳の幼帝ハムギ帝は、フランスとの間にフエ条約を結び、ベトナム全土はフランスの植民地となる。グエン朝は13代バオダイ帝まで続くが、ハムギ帝以降はフランスの傀儡政権と化した。

王宮は1993年に世界遺産。
王宮南門、宮殿が残り、碁盤の目状の方形都市の中にニャーヴオン(園宅)と呼ばれる旧貴族・皇族の住居がある。嘉隆(ザロン)帝が1805年から造営させたフエ城の城郭は、フランス式の星型城郭。城郭内部の建築はベトナム特有のもので、全国から招聘された職人の流派の影響で北部・中部やホイアン華人の様式が融合している。

門口が3つあり、真ん中は皇帝だけが使用していた。真ん中から入る。王宮門の上に登りCさんの説明を聞く。風が吹いて涼しい。堀にはクーシンサイが一杯生えて白い花を咲かせている。
フラグタワーは三段。天地人を表す。城壁は10km。
フエは激戦地。かなり破壊される。誰も管理せず。城壁に人が住みつき畑にしたりする。地雷も残っていた。
Cさんは、子供時代、この王宮が遊び場所。城壁を走って母に叱られた。その頃、まだ地雷が残っていて危険だった。

太和殿。皇帝の即位式が行われたところで、金箔の椅子と台座が置かれてる。黒檀で出来ている。7年前の洪水で水につかる。シロアリの被害もある。早大の先生がシロアリの駆除を指導。
ベトナムでは9がラッキーナンバ。4が春夏秋冬、5が火水木金土。ついたてや壁画には数えてみると9の数が多い。

敷地は広大。とにかく歩く。象に日本人観光客が乗っている。

フエ王宮博物館。庭にオランダ人が持ってきった大砲が並んでいる。中は、衣装、陶器、器などが展示してあり、Sさんの好きそうな展示物が多いがSさんは疲れてしまってお休み。
12代皇帝のベッド。黄色い皇帝の色。小さい。小柄だった。

トゥードック帝廟。4代皇帝の墓。
最も在位期間が長く、豪奢な生活を送ったトゥ-ドック帝お気に入りの別荘だった。皇帝はここの蓮池で釣りをしたり、楼閣で詩を作ったりするのが好きだった。中庭の奥に皇帝の墓があるが、実際に葬られた場所は謎となっている。子供がいなく後継者争いを恐れたため。
こうもりはベトナムでは幸運をもたらす。こうもりの彫り物が墓の周りにある。

カイディン帝廟。12代皇帝の墓。
暗くなってきて、閉まる時間だがCさんが頼んで開けて貰う。
階段がきついのでSさんはパス。
完成に12年を費やした壮大な廟。3000人の囚人が造る。松林や畑の広がる風光明媚なチャウ山の上にある。フランス、中国、インド、チャンバ風がミックスした建物。廟内には、玉座に座ったカイ・ディン帝像があり、その下に皇帝が眠っている。壁には、中国、日本から輸入した茶碗を割って造った龍や花が美しい。
外の眺めは暗くなって良く見えないが壮大。

ティエンムーパゴタ
最早真っ暗。Cさんの熱意に押されていく。Sさんは車でお休み。
寺院。1601年、この地にパゴダを建てれば国が繁栄するという赤い服を着た老婆のお告げによって建立され、1844年に、高さ21m、7層からなる8角形の塔が完成。
真っ暗で誰もいない。おぼろげに塔が見える。亀にさわったり鐘にさわったりする。
1963年に焼身自殺をした僧侶が乗った自動車が展示しているので走っていかないかといわれたが、さすがに遠慮した。真っ暗。

食事をして空港に向かう。Sさんはお粥。

運転手は運転抜群だが、バイクとトラックの間をぬうようにして走るので怖い。
ハノイには真夜中過ぎにつく。今日は一番きつかった。Cさんのガイドは素晴らしかった。Sさんの体調も貰った薬のおかげで回復。
歌の練習はお休みしてバタンキュー。この日以外は歌の練習をする。最早病み付き。

フォーン川
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グエン朝王宮
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フエ王宮博物館
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トゥ・ドゥック帝廟(蓮池と釣殿)
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カイ・ディン帝廟
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ミーソン遺跡

ホテルはホイアン・ビーチ・リゾート。
ホテルは川に面している。小船で魚をとっている。網を引き上げたがかかっていないようでまた下ろす。

ホテルを出て道を横切ろうとしたらバイクをすすめられる。道路の向こうは砂浜が広がり、南シナ海。地引網をひいている。

ここはリゾートホテル。1日で帰るのは惜しい。宿泊しているところとレストランは離れている。レストランから帰る途中、歌声がするので覗いてみたら、歌と踊りの練習をしている。皆すらりとしてかっこ良い。

昨日空港に迎えにきたCさんが2日間のガイド。
車でミーソン遺跡に向かう。車で1時間。山の中に入っていく。
道は整備されているが、雨が降ったら滑りそう。暑い中、てくてく歩く。こういうのは大好き。オジギソウの花が一杯咲いている。
遺跡群は、ベトナム戦争でかなり破壊されている。1969年にベトコンがいるとの誤報で爆撃。爆弾の跡の穴があちこちに空いている。

ミーソン聖域( 漢字:美山)はベトナム中部の古代チャンパ王国の聖なる遺跡。四方を山で囲まれ、南に聖なる山マハーパルヴァタがそびえる盆地の中央にあり、ヒンドゥー教の三神の中で、主に王と一体化したシヴァ神を祭るレンガ造りの祠堂が数多く残っている。1999年、ユネスコの世界遺産に登録。
チャンパ王国は192年から1832年(ベトナムと400年間戦争し滅ぼされる)までベトナム北中部及び南中部に存在。その主要住民「古チャム人」は今日のベトナム中部南端に住むチャム族の直接の祖先とされる。
ミーソンにはレンガ作りのチャンパ塔など7世紀から13世紀にかけての遺構が残っている。  遺跡からはサンスクリット碑文と共にマレー系に属する古チャム語碑文が出土。建造物はグプタ様式や先アンコール期の影響が見られる。  建造物にはセメントや漆喰などの接着剤を使った形跡が無く、チャンパ人の当時の技術力の高さを物語っている。チャム族の伝承によれば、チャンパの彫刻工人・建塔工人の多くは徴用労働者として動員された山岳民族である。技術の伝承がなく、復元は困難。

チャンバ王国では王になる前にミーソンに一棟の建物を造り一年間修行したそうだ。その後王になる。71棟の建物があったといわれる。
かなり広大な敷地。爆撃がなければアンコールワットのような壮大で神々しい聖域だっただろう。
美しい女神の像や、像、猿、ガルーダ、リンガなど。

ホイアン観光。
チャンパ王国時代からの古い港町で、16世紀にチャンパは南に後退し、フエに広南阮氏政権が樹立されるとその外港となった。16世紀末以降、ポルトガル人、オランダ人、中国人、日本人が来航し国際貿易港として繁栄。この頃には中国人街の近くに日本人街も形成された。間もなく日本の鎖国によって日本人街は消滅してしまうが、ホイアンはその後も国際貿易港としての繁栄を維持した。やがてホイアンと海を結ぶトゥボン川に土砂が堆積して浅くなり、港の繁栄はダナンに移った。

中国人街を中心に古い建築が残り、1999年に「ホイアンの古い町並み」として世界遺産に登録。
来遠橋/日本橋:1593年に建設された屋根つき橋。提灯にカタカナでホイアンと葵の紋章。天秤棒のおばさんが通る。
その昔この橋をはさんで片方が日本人町もう片方が中国人街になっていた。日本人は最盛期には約1,000人が居住したと伝えられている。

海のシルクロード博物館
ここの建物には8代住んでいる。  さまざまな展示品のなかには、日本列島に「堺」と「長崎」の地名だけが記された世界地図もある。  日本から陶器、武器を輸入。象牙、胡椒を輸出。  朱印船で日本ーベトナムは3週間。  最初に訪れた日本人は海賊。  長官の館で献上品を差し出す茶屋新六郎の姿。  鎖国で日本人はいなくなるが残った日本人の墓が二つ残っている。  2階でお茶を飲む間に、私の帽子のピンに売り子の女性が興味を持つので説明。重くないかと言われる。

福建会館。
1773年に建設された華人の会館。フエには華僑が多い。ハノイの華僑は中越戦争の時に帰国。

フエへの移動途中は、水田地帯。水牛と白鷺の世界。水牛は働き者。

夕食は、グエン王朝の伝統を受け継いだ宮廷料理。
不死鳥をかたどりハムで作られた前菜
ワンタンメン
串に刺しパイナップルに彩られた揚げ春巻き
米粉の上に海老のそぼろをのせバナナの葉で包んだ蒸し物
豚肉とマッシュルーム&蓮の実の煮物
Tien Vua(野菜)の炒め物
蓮の実チャーハン
デザート:パイン・フーテー

大変美しく美味しそう。Sさんの調子が今ひとつで食欲がない。私も気になって食欲が進まず。美味しいのに残念。

ホイアン・ビーチ・リゾートの側を流れるデウ"ン川
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ミーソン遺跡
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ホイアン旧市街の来遠橋
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福建会館
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ホーチミン市

ホテルは、DUXTON。以前のサイゴンプリンス。日本人の泊り客が多い。

9時にDさんが迎えに来る。私たち2人にガイドつき車移動でデラックスな気分。

統一会堂。南ベトナム政権時代、独立宮殿と呼ばれた旧大統領邸。現在の建物は1962年から4年かけて建てられたもの。Sさんは1975年解放軍の戦車が乗り込んだ場所を見るのが願望。
当時の戦車が展示。旧ソ連製。米軍ヘリも屋上のヘリポートに展示。

1945年8月ホー・チ・ミンは全国民に総蜂起を呼びかけた。ベトミンの指導下に全国的な民衆蜂起(ベトナム八月革命)が起こり、ベトミン軍がハノイに入城して、9月2日ホー・チ・ミンはベトナム民主共和国の独立を宣言した。
しかしフランス植民地主義のインドシナ復帰によって、第一次インドシナ戦争にもつれこむ。  ベトナム国は1949年から1955年まで阮朝の最後の皇帝であったバオ・ダイを国家主席とし、ベトナム民主共和国に対抗。 1954年7月 ディエンビエンフーの戦いでフランスは敗北、ベトナムから撤退、独立戦争終結。同時に、北緯17度線で国土がベトナム民主共和国とベトナム国に分断される。
1955年アメリカの後ろ盾により、ゴ・ディン・ジエムがベトナム共和国とし初代大統領に就任。 1962年2月 アメリカはサイゴンに援助軍司令部を作り、軍事介入、ベトナム戦争(第二次インドシナ戦争)が始まる。  1963年:軍事クーデターによりゴ政権崩壊。 1967年:グエン・バン・チュー政権(副大統領:グエン・カオ・キ)が成立。
1975年4月30日:サイゴン陥落・ベトナム戦争終結。 1976年南ベトナム消滅による南北統一。初の南北統一選挙を行う。ベトナム民主共和国をベトナム社会主義共和国に改名。
1986年社会主義型市場経済を目指す、ドイモイ政策を開始し、改革・開放路線に踏み出す。

官邸の中で最も豪華なのは、各国の大使が大統領に国書を呈上した部屋で、壁面は大きな漆画で飾られている。上階は大統領とその家族のためのスペースで、大統領夫人の宴会室や娯楽室、最上階にはダンスホールまである。図書室があるが、地下へ逃げる階段がある。地下に下りると一変して秘密の軍事施設。ベトナム戦争中に使われた大統領の司令室や暗号解読室、アメリカと連絡を取り合った無線局などが残されている。

グエンカオキは、その後たびたび帰国している。

サイゴン大教会。フランス植民地時代に建設。ステンドグラスが美しい。聖母マリアの像にちなんで聖母マリア教会とも言う。
南国の日差しの中、マリア像が美しい。気温は30度をゆうに越す。暑い。

中央郵便局。普通に郵便業務が行われている中、観光客が一杯。ホーおじさんが微笑んでいる。Sさんは、切手を買う。

戦争証跡博物館
戦車や戦闘機、大砲、砲弾が屋外に展示。写真の展示は生生しくベトナム戦争のすざましさを思い起こす。ピューリッツァー賞を獲得した沢田教一氏の『安全への逃避』が展示。爆撃を逃れるために川を泳ぎ渡る親子。ロバートキャパの写真もある。 アメリカ軍の使った枯葉剤によって生まれてしまった奇形の子供のホルマリン漬けが展示。拷問の道具。
ベトナムの学生が、課外学習か筆記を取っている。その側で米国の観光客がシャッターを切る。戦争はいけない。平和が人類の究極の姿と思う。

ベンタイン市場。
ここで鉄製の馬の灰皿を買う。Sさんからこんな重いものを文句を言われる。市場は、蒸れる様。

夜はベトナム料理。蓮の茎のあえもの、生春巻き、ベトナム風お好み焼き(パインセオ)、麺類(フォー)、焼き飯、蓮のお茶、スイカジュース、ビール333。満腹。食べきれない。

観光終わり。ホテルで自由時間はハイティーでのんびり。Sさんと2時間楽しく過ごす。

ベトナム航空でダナンに移動。
ダナンからホイアンに車で移動。ガイドはCさん。
Cさんから忙しいスケジュールですねと言われる。日本人の癖で出来るだけ多く見ようとがつがつする。
ダナンは第三の都市。90万人。ホイアンへ車で移動。米国の基地跡。新しい道路、リゾート地がやたら多い。出来たばかりの道路はまだ街頭もなく暗い。お墓も多い。土葬。何か出てきそう。

統一会堂。ここから解放軍の戦車が入ってきた。
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その時の戦車
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1975年解放軍の戦車が突入
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ピューリッツァー賞を獲得した沢田教一氏の『安全への逃避』
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サイゴン大教会
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ヴェトナム料理の店
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ベトナム紀行

芋たこなんきん。歌の練習。

今日からSさんと1週間のベトナム旅行。
荷物をスーツケース1個にまとめる。中はがらがら。歌の本も持っていく。
京成電鉄。時間的に余裕があれば一番安い。
お腹が空いたのでアンパンとクリームパンを買う。電車の中で食べようとしたらSさんに止められる。揺れが心地良くこっくり。

空港で切符を貰う。Sさんおかゆ、私ラーメンでやっと落ち着く。ロビーでパンを分けて食べる。
ウィークデイなので随分空いている。出国手続きもがらがら。
18時成田発。6時間40分の旅。時差2時間。
「トリック」を見る。

ホーチミン空港に現地時間の23時頃到着。少し遅れる。暑い。
ガイドのDさんに迎えられる。
市の人口は800万人、バイク300万台。やたらとバイクが多い。凄く飛ばすので怖い。  バイクに乗っている女性は白いマスクをしている。排気ガス避け。  街路樹の下は白い。虫除けとバイクの衝突避け。

お通夜

シンビジュームを中に入れる。11鉢。セットする途中でひっくり返してしまい花芽を1本折ってしまう。

歌の練習。なるべく全曲歌うようにしている。

Krさんのお通夜。
情報の世界の仲間達が一杯集まっている。皆一様に悲しみにくれている。早すぎる別れ。
Okさん、Szさん、Kdさん、Okさん、Tkさん、Kmさん、Nuさん、Hsさん、Snさんなど多数。
Kmさんに初めてお会いした時は、流通業界のことをほとんど知らず、Kmさんの言うがままに製品を作り、お客様に対応した。驚くべきことばかりだった。若い時から、仕事、事業に対し、しっかりした考えを持っていた。何時も真面目で、赤黒の帳尻を合わせるよう努力を惜しまなかった。
私が事業が上手く行かず苦しんでいる時も、将来の話をして元気付けてくれた。ゴルフはあまり上手くなかったが、私と丁度良いのでSzさんと良く一緒にプレイした。Hsさんと一緒にやろうと言っていたが実現しなかった。お酒はあまり強くなかったが、好きで良くご一緒した。
ご冥福をお祈りする。向こうで待っていてくれ。

通夜なので延期しようと思ったが、GMMの集まりを時間をずらして行う。浜松町でMnさんに迎えに来てもらう。何度も行っている場所だが、未だに場所が覚えられない。既に全員来ている。
Kmさんの話題も出る。
赤黒時代から、予算達成すると集まって懇談。今回は半分達成のようだが一応達成なので集まる。今期は厳しそうで来春はどうなるか。
Unさん、Ysさん、Omさん、Mnさん、Snさん。
Unさんは、全国飛び回って拡販に努めている。奥さんのことを下宿のおばさんと言う。まずいんじゃないかな。
Ysさんは、ゴルフの腕がかなり上達。四国が好き?昔バンフかウィスラーで滑った。
Omさんは、設計に移る。わからない設計ですと言ってるそうだ。滑るのは嫌いだからスキーはしない。
Snさんは、調子が悪いとかでウーロン茶。いろんなとこで一緒だったがこの会は始めて参加。
Mnさんは、最若手でおとなしい。スポーツマン。
予算達成して、また半年後に会おう。

庭のチェリーセージ
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近所のこんぎく?
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近所の椿
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スキー・ブーツ

天城山登山は雨で中止。

Iwさんとスキーブーツを取りに靖国通りのミナミ・スポーツへ行く。
最初にIwさんのスキーを取りに行く。ビンディング取り付けに時間がかかる。
私のブーツを取りに行く。同じミナミ・スポーツでもお店が違う。お店のインナーを扱う担当が他に行っていて待ちとなる。その間、Iwさんはスキー用のケースを買う。昨日のゴルフでOB、池ポチャでゴルフボールをかなりなくしたので、ボールを購入。

10年ぶりにスキーブーツを新調。先日のミナミスポーツのニューモデルの紹介の時に、テクニカスキーブーツを予約。熱成型のインナーも初めて購入。

係りの人が来てインナーの成型が始まる。熱加工で型を取る。説明を受ける。日本人の足は7割が偏平足(もう少し少ないと思うが)。内側に傾いている人が9割、外側に傾いている人が1割。歩き方が悪いので足が本来の形で使われていない。足にあったインナーをつかう事により、靴と足の一体感が増す。それによって足の矯正も行われる。最初はきついかもしれないがだんだん慣れてくると足の形が変わってくる。3年くらいたったらまた足の形に合わせてインナーを新しくする。というような説明だった。
以前の靴は大きすぎてぶかぶかだったが、今度は足にぴったりしている。少しつま先がきついので削ってもらう。完成。
これで今シーズンのスキーはばっちりのはず。もうスキーモード。

Iwさんのスキーも完成。
帰ろうとしたら交通規制をしている。東京国際女子マラソン。
見に行くと主力選手は通過した後だった。ぞくぞくと選手が走ってくる。無名の選手ばかりだが沿道の声援は盛ん。小旗を振っておばさんが頑張れ頑張れと応援。雨の中、大変ご苦労様。

初滑りの約束をしてIwさんと別れる。

急いで帰ってマラソン中継を見る。土佐選手と高橋選手の一騎打ち。30kを過ぎて高橋選手が帽子を脱いだのでこれからと期待したら、するすると土佐選手が出てあっという間に高橋選手は遅れる。最後は、尾崎選手にも抜かれるアクシデント。寒さで体が動かなかったのだろう。終わったときの高橋選手は手がかじかんでいる様子。Qちゃんの大ファンなので、これにめげず頑張って欲しい。Qちゃんのマラソンに取り組む姿勢が好き。頑張れQちゃん。

東京国際女子マラソン
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近所の菊
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くろがね杯

新横浜の駅に6時15分待ち合わせ。Knさんと一緒になる。
幹事のThさんも来ている。2台の車に便乗。Hyさんの車に乗る。同乗者はKnさん、Ksさん。
事業の状況をつい聞いてしまう。改めなくては。余計なことも言ってしまう。OBの悪い癖だ。
苦労しているようだが、Knさんの話が明るいので救われる。
ちょっとまどろんだら、富士エースゴルフ倶楽部に着く。2時間くらいかかった。

くろがね杯。この会は、植樹したくろがねもちにちなんで名づけられる。現役が主体でメンバ構成。Th名幹事のもと、10回目の開催。4組13名。
明日からの天候は崩れるようだが、今日は良い天気。始めは小寒かったが日が照ってくると暖かくなる。
一緒に回るメンバは、Kzさん、Jtさん、Mrさん。
いきなり名人のMrさんがOBを連発するので、人のせいにしてはいけないが引きずられる。2桁スコア。Mrさんは途中でもOB連発でおかしかったが、後半はきっちりまとめて来る。ここが実力者。
私は、最後まで調子が出ず最近のワーストスコア。
Kzさんは、事業と同じで調子悪いと言いながら、ブンブン飛ばす。
最若手のJtさんも綺麗なフォーム。
キャデイはプロを目指している若者。

あがってみればKzさん、優勝。Jtさん、準優勝。

Knさんにも大負け。Knさんにはこの頃かなわなくなった。
優勝候補のSzさんは、OB連発とイーグルと波が激しい。ミドルのイーグルとは素晴らしい。最初がスーパーショットで60mまで近づけ、2打目で沈める。
幹事のTkさんはベスグロ。明日検査入院だが元気一杯。
Hyさんは、1ヶ月前肉離れで、今回が初の運動で後半へばる。
Nkさんは、300mを超えるスーパーショットでドラコン。
前回優勝者のKsは、いまいちか。
急に太りだして、ひやかされているTnさん。
優勝期待された若手のNgさん、Tkさんはまずまず。
皆の近況を聞く。火曜日にあったOB会は、このメンバの先輩に当たるが、話の内容が随分違っている。元気なところは一緒。

帰りは、翌日もゴルフ組みと別れ、Ngさんの車で帰る。途中渋滞に巻き込まれ3時間かかる。

富士エースゴルフ倶楽部、バックは箱根山
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サザンカ
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ゴルフ場の歌碑
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ドウダンツツジ
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友人逝去

親しい友人の訃報が入る。
Szさんから電話があった時は、耳を疑った。
Krさんが亡くなった。
Szさんは、電話の向こうで涙声。彼は同期。2人に私が割り込んで、何時も3人でお酒を飲んだり、ゴルフをしたり楽しんだ。頭文字をとってYKSと言った。時にはKrさんの熱い思いを聞いたり、3人で夢中で議論したりした。
仕事の上でもKrさんには、随分お世話になった。
極彩色になったら3人で何かやろうと言っていたのに。
悲しい。今日は、何もする気がしない。
故人のご冥福を心よりお祈りする。

夜、慶応の研究室OB会があるが、気が進まない。Sさんから休んだらと言われるが、私の主旨に反するので出かける。

St先生の研究室のOB会。研究室のOB総勢400名近い。そのうち47名出席。我々の同期は長老の部類。8名のうち4名出席。
飲み会が始まる。我々長老?4人組の側に、卒年96年97年の若者が10人近く来る。コーラスで若者に接しているから物怖じせずに話せる。

St先生の挨拶。久しぶりの会で先生も嬉しいのか随分長い挨拶。まだ週に3日働いている。一時元気がなくなったがまた元気が出てきたそうだ。学究者としての話が多い。複雑系ネットワーク。スキーも現役。若々しい。

我々以外は、男は背広にネクタイ。私はブレザーは着てきたが、ジーンズ。隅のほうでうろちょろしてれば目立たないかと思っていたら、乾杯の音頭をやらされるはめになった。ジーンズを先生に謝って挨拶。以前先生から聞いた複雑系ネットワークがさっぱりわからずWebで調べたらますますわからなくなり、先生にはかなわないと言ったら先生は喜んでいる。

Nkさん、Izさん、Ysさん。友人の訃報が増えている。ストレスで早死にするケースが多い。我々は良く生き残った。それだけ真面目じゃなかったかもと笑いあう。

どこかで見かけた顔と思ったら、同じ会社の後輩だった。挨拶をされて思い出せず失礼をしてしまう。今働いているところには慶応はいないみたいだと言う。ところが、最も若手の女性が同じ職場だった。面白い出会い。

お会いしたことがありますと挨拶に来た方がいる。外資系の社長なので知らないなあと思ったら、以前は同じ会社で韓国の仕事の時、一緒だった時期があったようだ。
世間は狭い。怖いなあ。

庭のハナキリン
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庭のフクシア
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庭のピラカンサ
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OB会

懐かしい仲間とのOB会。
所属した事業所は離合集散してなくなってしまったが、同じ釜の飯を食べて苦労した仲間は、10年以上たっても会えば昨日まで一緒にいた感覚になる。
ドタ出席のんNkさん、Smさんを含めて19人が出席。12回目。
Tk名幹事のもと、良く続いている。最初の頃、入る資格を厳しく制限していたがこの頃、ゆるくなる。

直ぐに病気の話になってしまうので、もっと楽しい話をしようと誰かが言う。その途端にKmさんがビールをこぼし、メガネが合わないというので、またNkさんが目のふちが光るとか、病気の話になってしまう。Enさんがまだお墓の話になってないから良いじゃないかと言う。
Hrさんが、糖尿予備軍で酒をひかえている。(会長職で)ストレスが高いからだと言うが話を聞いていると、とてもストレスがあるとは思えない。

Hgさんが、足を悪くし、一時は杖をついて歩いていてSmさんがどうなるかと思ったと言う。Njさんが、MBTを履くと良いという。「歩行を通じて筋肉のバランス調整を促し、正しい姿勢、正しい歩行技術を生み出すトレーニングギアです。」だそうだ。 履いてみたら、正しい姿勢で歩くようになりそう。私が足首を痛め、骨の間接そのものは、治らないが歩き方を変えただけで劇的に治ってしまったので、理屈は良くわかる。

IsさんがHCF(日立コールファミリエ)に私の後入ったと言う。通勤途中で譜面を見ているそうだ。以前コーラス部の部長をしていた。テナーのトップ。来年水曜会に入るように強く勧める。2つ入るのはと渋るので若い人が多いから楽しいぞと誘惑。

Atさんが、横浜市産業振興協会の広報誌に自分の会社が紹介されたと報告。写真がやけにかっこよく映っているので、若いときの写真ではないかとか、修正したのではと、皆がひやかす。

Fjさんが、関東に拉致されたと挨拶。ずっと中部地区が長い。奥さんはきっと3年経ったら、中部には戻りたくないと言うよと脅す。

Ymさんが、次回は**ちゃんを誘うという。Smさんに一人ではかわいそうだから誰か(女性を)誘って欲しいと頼む。

Szさんが、発声練習を教えてやろうかと言う。応援団の発声とは違うから結構と断る。

Szさんが、年取ると女性は頑固で扱いにくいと言うので、私とYmさんが反論。何もしない男のほうが頑固で困る。Szさんが、絶対に違うと言うので、Enさんからそう言うのを頑固と言うんだとたしなめられる。

Smさんが、先輩のOB会を宿題として真面目に考えていると言う。良い事だ。

初参加のHtさん。Smさんが、(自分はゴルフしないくせに)Htさんはゴルフをしないから困ると勝手なことを言う。

Uzさんは、来年還暦なので、諸先輩の話を聞いていると殊勝。
Isさんを誘ってくれたKtさん。
温泉の会で一緒のYbさん。

あっという間に時間がたってしまう。

合宿後の水曜会

Sさんと出かける。
用事を済ませてから松の川緑道に行こうといったら、買い物があると逃げられた。

久しぶりの松の川緑道
新しいグランドで、サッカー、野球が練習をしている。ラクビーはお休み。ホッケーは1人でもくもく練習している。
熱狂的慶応ファンのMgさんからグランドに行って、選手の名前を覚えろと言われているが、誰が誰やらわからない。名簿がいるなあ。

水溜りに前回はザリガニが群れていたが、姿を消している。
大きな鯉が泳いでいて何時も楽しみだった小さな池に鯉がいなくなってから久しい。今回は、金魚とザリガニがいた。なにかほっとする。

菊があちこちで一杯咲いている。丹精して育てた菊も美しいが無造作に生えている菊も美しい。野菊も良い。

今夜は予定では、Ogさんの退任お祝いがあって水曜会は休む予定だったが、急遽延期になったので、出席。
合宿後初の水曜会
コンコーネ4番」「てんとうむし」「河童」「海にだかれて」「一番はじめは」「通りゃんせ」「月夜の果樹園」。
合宿で月夜の果樹園以外は、全て歌った曲。練習も充分してきたから楽だと思ったが大甘だった。悲しいかな他のパートに引きずられて音がずれる。
Skさんから大きな声で歌って間違いを早く先生に指摘されたほうが良いと言われたので、大きな声を出してみる。すぐに先生が飛んでくる。
先生は、両手に「忍」と「ニコニコマーク」をつけて我慢している。
申し訳なし。終わってから、Otさんと頑張ろうと声を掛け合う。

飲み会。合宿の後なので出席者が少ないと思ったが、15人くらい出席。
Ttさんから合宿は欠席したがブログを見れば様子がわかるといわれる。  Skさんからあちこち出かけているようで練習する間があるのかなと言われたので練習の合間にあちこち出かけているのですとやりかえす。  来年の合宿(10月か11月)の話が出る。MsさんやSkさんはもう予定がつまっている様子。お仕事?演奏会?野球? Ydさんから、若い人と同格で話が出来るのが、楽しいと言われる。同感。

松の川緑道周辺の菊    
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励ます会

Sさんと用事を片付ける。時間が足りない。

久しぶりに泳ぎに行く。
プールの水がやけにきらきら光る。始めは飛ばしたが、体が重いのでゆっくり泳ぐ。1000mであがる。
良い曲が流れていると思ったら、年寄りが多いのだから、こんな曲より島倉千代子か美空ひばりを流して欲しいと、おじいさんがおじいさんに話しかけ、そんな曲が流れたら飲みに行きたくなるので良くないと反対されている。

パラリンピックで金メダルをとった選手を育てた荒井監督を励ます会に行く。
幹事の、Azさんとこの前誘ったKmさんがロビーに来ている。荒井監督とWtさんは、PCのセット中。

荒井監督は、パラリンピックで金メダルを取った小林選手と銅メダルを取った太田選手などを率いる日立システムスキー部の監督である。Wtさんとの出会いがきっかけで日立システムがスキー部を創設した。
前回トリノパラリンピックのお話を聞いて感激したメンバが荒井監督を励ます会を設けた。

荒井監督は、クロスカントリーのアスリートであった。クロスカントリーに対する熱い思いがある。長野パラリンピックの時、日本の選手が一人もいないうちから、パラリンピックにかかわり、創設したメンバの一人である。
選手を見つけるのに、片手のストックでスキーの大会に出ていた選手を探しだして、最初は出場しないと言った選手、家族に熱い思いを伝えて説得し、第一号の新田選手を発掘する。
銅メダルをとり、今日立システムの支援でフィンランド留学(高校生)している太田選手の話。母校の小学校へのメッセージを引用する。
「*コンプレックスは勝手な思い込みだった。*障害もその人の個性。この左手で良かった。*パラリンピックで助け合う心の大切さを知った。*目標を持って毎日を送りたい。*家族や先生への感謝の気持ちを持ちましょう。*目標に向かって進みましょう。」
こういうメッセージを小中学校に伝えいじめをなくしたいと熱く語る。
Wtさんとの劇的な出会いで日立システムスキー部を創設したことを感謝している。

Wtさんは企業マンでありクロスカントリーのアスリートでもあった。日立システムにスキー部を作ることに尽力。専門の情報を駆使し、自分で膨大なデータを取り、科学的な練習、競技を目指す。道具にも自らかかわり、設計?し、世界に負けない道具を提供している。

この2人の組み合わせが、成功に導いている。

今は、次のバンクーバーを目指して、来年の1月からの競技大会に参加して、選手のレベルをあげるべく奮闘している。
米、カナダ、ロシア、ウクライナ、北欧、中国などの力の入れ方は凄く相当に頑張らないといけないようだ。

私の知らない素晴らしい世界を垣間見て感激した。
参加者は、スキー仲間のMtさんMbさん、今回初参加のKmさん、Kwさん、仕事の合間を縫って参加のHrさん、Knさん、Szさん。幹事のAzさん。

近所のボケ
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近所の菊
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山下公園→港の見える丘公園→中華街

お世話になったItさんが転勤の挨拶に来る。明日から移動。親しくさせていただいたのに残念。ご栄転の様子。おめでたい。Sさんが取って置きのコーヒーカップでコーヒーを入れる。

パスポートの受け取りに出かける。Sさんを誘ったが映画を見に行く予定がある。
貿易センタービルに行く間に、俳句を詠んでいる女性たちや絵を描いているメンバにあう。イチョウが黄ばみ始めている。

パスポートを受け取る。じじいに写っているので不満。

山下公園に寄ってみる。海が綺麗なのに驚く。ベイブリッジ、氷川丸、大桟橋などおなじみの景色。
どうせならもっと行こうと港の見える丘公園まで足を伸ばす。
フランス山の風車を見る。以前Sさんと歩いたり仲間と歩いたりしたが、一人で歩くのは何となくつまらない。
どんどん歩いて、ローズガーデンに行く。薔薇はちょっと盛りを過ぎている。
外人墓地、元町を通過して中華街に行く。
媽祖廟(まそびょう)。線香を上げ御参り。媽祖は、北宋時代に実在した女性。神通力をもって通商航海の安全や人々の病を癒し、世に尽くした言われている。

お腹が空いてたまらなくなったので四川料理の店、「京華楼」に入る。
四川タンタン麺を頼む。若い店員さんが一本麺がお勧めですという。一日30杯限定。
「長寿麺とも呼ばれ、長い麺は長寿を象徴するものとして昔から尊重されています。 不老長寿を願うように通常の麺よりも長い麺を、と生まれたのが一本麺です。 一本麺(一本の麺から作り上げる麺)は山西省の工夫麺の一つです。 丼1杯の中には長さ33メートルの麺が入っています。」
早速一本麺を頂く。確かに一本に麺が繋がっている。美味しい。幸せな気分。
店員さんは福建省の出身。2年前に来日。福建省の気候は温暖で夏は30度にならず、冬は雪が降らないそうだ。一本麺は料理人が山西省からこの4月にやって来て始めた。TVにも出てお客が増えたそうだ。

帰ってから歌の練習。南房総に一緒に行った、バンドを率いているAnさんは、毎日2時間の練習を欠かさないと言う。彼は40年以上のベテラン。ましてや1年半の経験しかない私はもっと練習しなければと思う。

山下公園と氷川丸
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港の見える丘公園の風車
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港の見える丘公園のメキシカンセージ
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港の見える丘公園の薔薇
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中華街媽祖廟
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コーラスの魔力

水曜会2日目。
7時前に起きる。Fjさんが散歩から戻ってきて遡って行ったら誰もいないので怖くなって帰ってきたと言う。Fjさんは、今日は用事があって帰る。昨日中にTkさん、Tdさん、若手女性3人組などが用事で帰る。

養沢を散策。ますの釣堀があり、ますが群れて泳いでいる。
Ydさんが、早足で歩いている。1万歩は早足で歩くそうだ。

食事後、再び出かけようとしたら、Hyさんに一緒に行こうと呼び止められる。今日から参加のAdさん、こまくさの会のTkさん、Oyさん、Gtさん。しばらく歩いたらSkさんの車が鍾乳洞を見に行くから乗らないかと言う。Tsさんも乗っている。途中Szさんを拾う。
鍾乳洞に近づくにつれてだんだん山深くなり面白くなってきたが残念ながら時間切れ。

今日の練習は4時間半。
7つの子どもの歌信長貴富編曲。
「一番はじめは」「通りゃんせ」「江戸の子守歌」「ずいずいずっころばし」「三地方の子守歌」「あんたがたどこさ」「てぃんさぐぬ花」。
先生が楽譜が読めないのだから口移ししかないと、自ら歌って間違いを正す。その時は、上手く歌えるがすぐにまた間違える。やれやれ迷惑かけるなあ。

昼食はカツカレー。おかわりをする。何故か無性に腹が空く。

Otさんと後1時間半の我慢と励まし?あう。
時間がだんだん差し迫ってきた。
遥かなものを大中恩作曲、伊藤海彦作詩。
先週歌った曲はカット。
「峠」「夜」「山頂」。
終わりは脱兎のごとし。
終わった、終わった。疲れたが達成感がある。

自分でも良くわからないが、上手く歌えず苦労しているが、何故か楽しい。水曜会は最初から楽しかったから、自分の生にあっているのだろうが、コーラスの魔力と言うのもあるのではないだろうか。

帰りの列車は、最後までTkさんと一緒。お店は土日がかきいれどきなので帰ってから働くそうだ。ご苦労様。

養沢沿いのツルケマン?
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養沢沿いの野いちご
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水曜会合宿

南房総の旅から帰ったら、長男からメールが入っていた。
まっすぐに育ってくれて、嬉しい。親馬鹿だが。
Sさんから長男は昔から真面目できちんとしてましたよと言われる。

いよいよ水曜会合宿。
直前練習をして出かける。
拝島駅で水曜会のメンバに出会う。
五日市線で武蔵五日市まで行く。駅に先生を初め、メンバが到着。送迎バスで合宿の行われる養沢センターに向かう。
渓流の側。バスのTkさんによると4年前もここで合宿したそうだ。
時間があるので、少し散策。河原に下りるところがあり、ここでバーベキューができそう。以前の合宿ではバーベキューをしたとNkさんから後で聞く。

合宿開始。準備体操。I先生による発声練習。
練習が始まる。練習の合間にI先生に4名づつ呼ばれてコンコーネ4番を歌い発声の指導を受ける。

テナーは、6名。団長、Tkさん、Otさん、Msさん、Ksさん。Msさん、Ksさんは、仕事で何時も練習参加が遅く、始めて歌う曲が多いそうだ。

大中恩作曲、阪田寛夫作詩の「わたしの動物園」から始まる。
「てんとうむし」でいきなりけつまずく。進むたびに間違えて先生がいらつく。私につられてテナーの皆さんの調子が狂ってくる。申し訳ないがいかんともしがたい。先生がニコニコマークの腕輪でぐっとこらえる。無理してニコニコするからなお恐ろしい。
「河童」「マンモス」「おのこおみな」「からす」「ひよっこ」。
周り、特にソプラノに引きずられて音が狂う。ソプラノと同じ音の時はずれる。テナーに四分の三くらい、先生のエネルギィが振り向けられる。他のパートにはすまないが指導は独占に近い。
初めはいらだっていた先生も覚悟を決めて丁寧に指導。

夕食。疲れたが食欲は旺盛。ゆっくり休む。
部屋に荷物を運ぶ。Ydさん、Fjさん、Szさん、Mkさん、Otさんが一緒。
Szさんは学生。試験があるようで暇を見ては勉強。

次は、「空、海、大地と木のうた新実徳英作曲、工藤直子作詩。
少し落ち着いてきた。このシリーズは好きな曲が多い。
「海にだかれて」「守り継がれる大地の歌」「空と海のあいだで」「こんにちは大きな木 こんにちは地球」。

途中I先生の指導を受けに行く。Mwさん、Fjさん、Gtさんと一緒。I先生からは昨年に比べるとコーラスの声になってきたと言われる。まだ六分の一しか声が出ていないと言われる。Fjさんの美声に驚く。先生も素晴らしいを連発。Mwさんは、美しい声。大人の声になったと言われる。Gtさんは私の新人教育係。一生懸命歌う。
やっと開放。やれやれと思って戻って歌っていたら補習があった。
今度はKuさん、Skさん、Hyさんと一緒。Hyさんはこまくさの会のリーダー。Skさんはベースのパートリーダ。Skさんはさすが。Hyさんは風邪をひいてるのにおくびにも出さない。Kuさんは、若手女性3人組の一人。美しい声。I先生からしっかり声を出して更に上達するようにと発破をかけられる。
補習があったのは私のみ。いかんともしがたいが、2回も抜けていたせいで、先生に刀で切りつけられることもなかった。

4時間半になんなんとする練習が終わる。

発表会が始まる。Skさんの司会。カメラを構えていたらSkさんから撮影許可が出る。
初めはマドンナ会による女性コーラス。練習はTtさんのマンションで行ったそうだ。20名以上いるのだから大変。 Tdさんの指揮。ピアノはKuさん。Tsさんがなかなかやってこない。衣装がえ?ゆうゆう現れる。曲名は忘れたが美しい曲。

続いてY先生のピアノで独唱が始まる。
Isさんのフォーレのレクイエム。最初に独唱する勇気。
続いてNkさん。美声に酔いしれる。ソロで充分活躍できそう。
Msさん。コーラスのテナーで先生に指摘されていたとは別人のよう。カンツオーネで一等を取っただけのことはある。
マネージャーのHsさん。忙しいのに良くやるなあと感心。
Ydさんのシューベルト冬の旅。引き続いてHsさんとのデュエット。Ydさんは鉢巻をして登場。ユーモラスな曲。
ここまでは全て海外の曲。
先生が登場し日本の曲。テナーの美声を聞かせる。
I先生。素晴らしいソプラノ。あんな声が出たら毎日が楽しいだろうな。
最後に先生とI先生のデュエット。ダンスも披露。
芸達者が揃っている。

宴会が始まる。まずビールで乾杯。お酒が一杯ある。Ydさんの美味しい赤ワイン。Tsさんが飲んでいたシャンパンを飲んでみる。甘い。Mnさんの42度の焼酎。ロックで飲んだらこたえる。自分が持ってきたシーバスリーガルの水割り。飲みすぎたが何時ものように眠くならない。

余興のカラオケが始まる。
最初にTkさんが低音を聞かせる。  新人のOtさん。  最若手のSzさん。「また会う日まで」は誕生前の歌。  MNさんとSkさんの狩人のデュエットいやらしくて笑える。  テナーでしごかれたKsさんも気持ち良く歌う。素晴らしい美声。テナーの時は、爪を隠す?  Fjさん。  TkさんとMsさんの「イヨマンテの夜」はど迫力。先生が演奏会にこれをやったら客が来ると喜ぶ。  Hsさん、Ydさん、再びMsさん、Y先生、Mnさん、先生、KsさんとSrさんのデュエット。MnさんがKsさんの嬉しそうな顔写真とってやれという。  もう留まる事を知らない。芸達者だらけ。

先生から、昨年より上達した。頑張るようにと励まされる。見込みがあるから怒るんだと言われる。単純だから直ぐにその気になってしまう。
Hsさんからも激励を受ける。お荷物なのに申し訳ないなあ。

午前零時が近づいたので寝る。後で聞いたらYdさん達は午前2時迄、飲んでたそうだ。タフだ。

合宿所の養沢センター
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養沢渓流
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南房総ふれあいの旅

南房総ふれあいの旅も2日目、最終日。
富浦ロイアルホテル。
Skさんは朝早く起きて、今日の工程を調べている。名幹事。
朝風呂。びわの湯にはびわの葉が仕込んであり、内風呂は炭が仕込んである。昨夜一緒だったおじいさんに教えて貰った。

朝食はバイキング。何時もとりすぎてしまう。
ホテルは快適。また来たくなるくらい。

荷物を預けて、ホテル周辺の大房岬公園を散策。
晴天。風も心地良く鳥も盛んにさえずっている。
シロダモの森に覆われている。Skさんが1時間余りで回ろうとせかす。
少年自然の家では、小学生がバーベキューの準備をしている。
運動公園を横切る時、作業しているおばさんにパノラマ展望台の場所を聞く。いい眺めかねと訪ねる。いい眺めよとにっこり笑って答える。そう言うしかないよと誰かが言う。

360度パノラマ展望台。シロダモの森が岬を覆っており、海が森の向こうに見える。タンカーが通る。天気が良く心地良い。ぼんやりしていたいがガイドのSkさんに、はいお次ですよとせかす。

太平洋戦争の時、要塞だったようで各所にその跡がある。

ツワブキの群生。水が湧き出ており、その小川の先に小さな滝がある。Fkさんがちゃちいねと言う。

海岸に下りる。釣りをしている人がいる。Stさんは岩の上を先のほうまで行く。海は何時来ても気分が良くなる。時間ですよとSkさんにせかされて戻る。
バスがもう来ている、またまた時間ぎりぎり。効率は良い。

富浦駅から那古船形駅に向かう。
坂東三十三札番所。駅からの道は裏寂れている。潰れたお店がえんえんと続く。昔は御参りの客でにぎわったのかもしれない。
「神奈川県鎌倉市の杉本寺を1番札所として、東京、埼玉、群馬、栃木、茨城をへて千葉県館山市の那古寺を打ち納めとする坂東三十三ヶ所観音霊場は、一都六県の広範囲にまたがり全行程1300kmにもおよびます。坂東霊場の興りは、鎌倉幕府の成立を契機とされたといわれ、源頼朝が発願し、3代将軍、源実朝により札所が制定されたとされています。」
Skさんは何れ回りたいそうだ。私は四国のお遍路さんが長年の夢だが、なかなか行けない。

那古寺多宝塔。観音堂は、修理中。
工事中の建物の中に、観音様がお祭りしてある。重要文化財「銅造千手観音立像」。
Anさんは、建立中の観音堂の瓦に寄進をして、瓦に祈願すべきことを書いて奉納する。

那古寺の裏は、急な階段を登ると遊歩道になっている。
那古寺の裏山は寺の境内ということで自然がよく保存されています。スダジイの大木がそのまま、長い年月の間に立枯れになっては幼木と自然に入れ替り、これにタブノキ、ヤブニッケイ、ヤブツバキ、ヒメユズリハ等も混生し常緑広葉樹の密林となっています。」

見晴らしの良い展望台に和泉式部の供養塚がある。才色兼備の女流歌人の和泉式部は自由奔放な恋愛をした女性と言い伝えられ、それを語り伝える女性たちがいたそうで、その影響でここに供養塚がつくられたのだろうと解説されている。
展望台からの眺めは、何度見ても素晴らしいの一語に尽きる。
遊歩道をぐるっと回って、那古寺本堂に行く。Ntさんが、Anさんと同じく瓦に寄進をして、願いを書く。皆信心深くなった。

次の崖観音に向かう。
道が正しいのか不安になりだした頃、崖観音堂が見えてくる。崖の中にあり良い眺め。
また階段を登り、観音堂に着く。ここからの見晴らしも絶景。
観音様に御参り。このたびは各所で御参りをした。気持ちがすがすがしい。
ここが終点。後は帰るのみ。

Skさんのおかげで良い思いをさせてもらった。名古屋のほうで、いろんな集まりで幹事をしているだけあって手馴れている。
Anさんは信心深い。筋トレの成果が階段登りに役立つ。バンドマンで何時もかっこいい。
Ntさんの酒豪振りには驚き。全く衰えていない。ファーマーをしているだけのことはある。
Stさんは、お母様の面倒を見ているので、この会がストレスの発散になる。足が悪かったのがすっかり回復。
Fkさんは、今回は何時もと違ってもの静か。お子さんはSF作家。細腕で二人のお子さんを養ってきた。

帰りの電車はNtさんとStさんの酒盛り。

シロダモの森の向こうに見えるタンカー
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大房岬のツワブキの群生
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大房岬の海岸
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大福寺の崖観音
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FANY'S

FANY'S(6人の頭文字)の集まりで南房総ふれあいの旅。
旅の立案者は名古屋在住のSkさん。阪急トラピックスをベースに独自に散策を追加。

朝、山手線が、五反田あたりで信号機故障で止まってしまう。東京駅の待ち合わせに間に合わないので幹事のSkさんに遅れる旨電話。
15分遅れで東京駅に着く。待ち合わせの銀の鈴でSkさんとAnさんが待っていた。特急「さざなみ」のホームは遠い。何とか間に合う。ホームにNtさん、Fkさん、Stさんが待っている。途中で鈍行に乗り換えて浜金谷駅に10時54分につく。

浜金谷駅から海に向かって歩く。天気良し。風もさわやか。鋸山ロープウェイにのる。ロープウェイの駅に猫が一杯。15分おきの運転でお客が結構いる。Stさんが平和だわを連発。
降りてから鋸山 (鋸の歯のように険しい絶壁が連なる岩山で、325m。)
の展望台に行く。360度の眺め。海あり、山あり、遠くには富士山、天城山、伊豆大島、近くには三浦半島、横浜の高層ビル群、東京湾を一目で眺め、眼下には行き交う船が1日1500隻の浦賀水道が光っている。船がゆっくり進む。
階段続き。足を悪くしたStさん、運動不足のFkさんを心配したが、杞憂。しっかりついてくる。Ntさんはきついと弱音を吐く振りをするがどんどん歩く。Skさん健脚。これだけの階段は予想してなかったようだが。Anさんは普段鍛えている足を実践で示す。

石切り場の跡地で、切り立った崖から迫り出した展望台からの「地獄のぞき」。柵がなければ相当に怖い。

百尺観音
「昭和41年5月、6年を費やして鋸山の岩肌に彫られた高さ100尺(30.3m)の大観音石像です。発願の趣旨は、一つには戦没者供養のため、また一つには、近年激増する交通犠牲者供養のためです。」
破壊されてしまったバーミヤンの石窟みたい。と誰かが言う。

階段、階段。歩幅が合わず疲れる。汗も吹き出る。

ひとつとして同じ顔が無いという日本寺境内にある千五百羅漢
「上総桜井(現木更津市)の名工、大野甚五郎英令が一七七九年から一七九八年に至る二十一年間、門弟二十七名と共に生涯をかけて千五百五十三体の石仏えお刻み、太古よりの風蝕によってできた奇岩霊洞の間に安置し奉ったものです。」
怖い顔や笑い顔、泣き顔、怒り顔、西洋人風から黒人風までさまざま。Anさんは信心深くお賽銭を通り過ぎるたびにあげている。

日本一を誇る日本寺大仏
「昭和44年6月、4ヶ年にわたる復元工事によって再現した総高31.05メートルある名実ともに日本最大の大仏さまです。 原型は天明3年(1783年)に、大野甚五郎英令が門弟と共に3ヶ年を費やして現在の地に彫刻完成したものです。当時は御丈八丈、台座とも九丈二尺あり、天下にその偉観を知られていましたが、江戸時代末期になって、自然の風蝕による著しい崩壊があり、昭和41年に至るまで荒廃にまかされておりました。」
高さは日本一のようだ。鎌倉の大仏より相当に高い。壁に彫られているので背面はない。
小学校の遠足か、白シャツの子供が群れている。肥満児がいないので感心する。

日本一の参道は御影石で2639段、鋸山全体を境内に持つ日本寺
本堂は焼け落ちたようで新築中。仮本堂しか見られず。ひょうしぬけ。

日本寺はかなり低い位置にあるので、そこからケーブル終点まで戻るのにかなりの階段を登る。ここで皆を引き離して健脚振りを示そうと子供じみた誘惑にかられ、かなり飛ばす。ケーブル駅に着いたときはへとへと。汗びっしょり。足首の故障はすっかり治った。

浜金谷駅でぎりぎりになってしまい、切符も買わずに階段を駆け上がる。車掌に止めてと叫んで滑り込む。ローカル線でないとできない芸当。富浦駅に向かう。
Skさんが電車の中で、大きな声で富浦ロイヤルホテルに向かう送迎バスを頼む電話をする。名古屋の6人組のSkだがと言うので何か怖いお兄さんみたいと皆が笑う。

富浦ロイヤルホテル。ロビーでSkさんが名古屋の6人組のSkだがを連発。そのせいか、極安旅行にもかかわらず良い部屋。海も見え最高。

早速風呂。露天風呂に入っていたら、おじいさんが声をかけてくる。びわ風呂は、ここの名産がびわだからだと教えてくれる。老人会でバス旅行できている。自分も74歳のお年寄りだが、83歳のお年寄りがグループにおりあの年寄りがと言うので、思わず笑ってしまう。いろいろ話をするので出るに出られずすっかりのぼせてしまう。

食事は中華で美味しい。ビールとワイン、日本酒ですっかり良い気持ち。NtさんとStさんが、がばがば飲む。
部屋に帰って飲みなおすところが横になったら直ぐに眠ってしまう。途中で起きるが、Stさんの昔話独壇場でついていけず。こっちはほとんど忘れている。

南房総から望む富士
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鋸山から浦賀水道
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百尺観音
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千五百羅漢とジンジソウ
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日本一の大仏
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合宿前夜

気持ちの良い朝。
昨日は良い天気だったが風が強かった。北海道では竜巻の被害。
今日は、心地良い。
Sさんは、朝から張り切って洗濯三昧。次男の作業服は手洗い。

プランターと培養土を買ってきて、球根の植え付けと種まき。前回部屋の隅にあって見落とした水仙の球根が主体。
10月の初めから続いた植え付けがようよう終わる。足の踏み場もないくらいプランターだらけ。地植えもぎりぎりまで植えたので、歩く場所は極端に狭くなる。来年、更に球根が増えたらどうしようか等とは考えない。春爛漫が楽しみ。
HB101を既に葉が出てきているプランターに撒く。花も減ってきたが、HB101のおかげで長持ちするようになる。

水曜会。今週末の土日は合宿。全曲、みっちり歌う。
早めに行ったが既にOtさんが机を一人で全て並べ終わっている。ご苦労様。Htさんが大阪から来ている。テナーはスタートから4人揃ったので気が楽。最終的に7人揃う。
先生が練習曲に作詞してくる。合宿はこれで発声練習。
河童」「野道で」「霧の中で」「こんにちは大きな木 こんにちは地球」「てぃんさぐぬ花」「幸福が遠すぎたら」
布の刀は既に合宿所に持ち込んだのでない。忍の腕輪のみ先生がしている。おかげで切り付けられない。
先生は、コーラスの指揮が運動になると言われる。テナーが下手だと飛び回るので運動になるそうだ。役に立ってるんだ。
3時間の練習でどっと疲れる。
明日が早いので飲み会は欠席。

庭の宿根サルビア
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庭のピンクのサルビア
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休息

計画では望月散策のはずが、くたびれて休息日。
一日家にいる。
芋たこなんきん。朝風呂。Sさんとゆっくりお茶を飲みながら会話。メールとblog。久しぶりにスタートレックスターゲート。ここらあたりまでは休息日。

せっかくだからコーラスの全曲27曲を歌ってみようと始めたら、果てがなくなる。上手く歌えない曲が多いので何度もやり直す。疲れてしまい休息日にならず。

まどろんだら電話。転勤の挨拶が入り、ゴルフの予定をキャンセル。
メールでは、忘年会とスキーのお誘いが増える。基本的に予定がなければ参加する。良い仲間を多く持つと人生を豊かにし楽しくする。

庭のハナキリン
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庭のヒメツルシバ
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庭のツルハナナス
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庭のルリマツリ
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清里ゴルフコース

ゴルフ場に向かう。迷うといけないので下見したというNtさんの後についていく。Wtさんが同乗。

丘の公園、清里ゴルフコース
朝食をとる。

プレイは、2組。Isさん、Ntさん、Nsさんと一緒。名古屋の森林公園ゴルフ場のようにタフだと脅かされる。
午後から雨の予報だが、午前は晴れ。南アルプスの甲斐駒、鳳凰三山が遠望。北岳は雲がかかって見えない。
Isさんは、ショットがますます冴える。時々ミスショットしたりアプローチで失敗したりは愛嬌。
Ntさんは、昨夜開眼したといっただけあって4ホールまでは絶好調。ところが5ホール目で池ポチャ3回してから突然大乱れ。
Nsさんは、8*歳の方に道具が古いといわれたのを気にしてミスショットが多い。
私は、パター以外は冴えない。このところ少しづつ向上してきたショットのミスが多い。

昼食で酒も飲まずに、後半頑張ったが前半と同じ。
Ntさんはますます乱れ、心が乱れたまま。Nsさんはショットが回復。Isさんは、心優しく、皆に歩調を合わせる。

終わって、見れば前回と同様Kmさんが優勝。Wtさんが準優勝。Isさんが3位。BBはNsさん。電車で帰る時間もあり、簡単に表彰式をして散会。

望月に行く予定だったが、疲れが取れず家に帰ることにしてSさんに電話。スムーズに帰れると思ったら、中央高速が小仏トンネルあたりで工事中で一車線。渋滞に巻き込まれ、1時間以上余計にかかる。

丘の公園、清里ゴルフコース
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唐松林
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紅葉
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Σ39N会

箱根の疲れか、磐梯吾妻の疲れか、肩がこる。肩がこっていると、体がけだるい。Sさんから凄くこっているといわれ、マッサージと湿布薬を貼ってもらう。

清里に出発。15時前に出発。調布のインターに入るまでに、混んでいて時間がかかる。後はスムーズに行ったので17時半の集合時間には間に合うと思いつつ、須玉ICを降りる。清里の森に向かう。暗くなり標識が見えにくいのと、カーナビが古くて道路が変わっているのでちょっと迷う。何とか清里の森の入り口に来るが、ゲートがしまっている。もたもたしていたら、インターフォンで行き先を告げるとゲートが空くと後ろの車が教えてくれる。そう言えば案内状に書いてあったなと思う。
中に入ってから地図に従って行き先のリゾート昭和を探すが、別荘地で暗く標識もわからず敷地も広い。とうとう迷子。携帯に幹事のKmさんから連絡が入りほっとする。場所を聞いて、それからも探し探しようやく到着。集合時間に30分遅れ。

風呂に入って一呼吸して直ぐに宴会。
Σ39N会。もう21回目。良く続いている。永久幹事のIsさんのおかげ。
今回の幹事は、Kmさん。
食事はたっぷりで食べられないくらい。お酒は持ち込み。ビール、ワイン、焼酎、日本酒、ウィスキーと良く持ち込んだものだ。皆の酒量も一時より減って飲みきれない。

Kmさんは、船で100日間世界一周。ダンスも習い大変楽しかったようだ。私もやりたいが100日も空けたらコーラスが首になってしまう。
Wtさんは、パラリンピックの後に選手や自分自身のモチベーションの維持に苦労している話をする。新しい選手もスカウト。
Isさんは、絵がますます上達。私のアンコールワットの朝焼けの写真を元に書いてもらった絵を貰っている。
Tgさんは、女子短大の教授。企業活動の紹介や就職活動の援助をする。就職した教え子から感謝されると嬉しくてたまらない様子。
Ntさんは、私に刺激されてスキーブーツを新調。来シーズンは一緒に滑る。ゴルフは開眼したと豪語。
Okさんは、お酒がちっとも飲みたくないという。あの酒量はどこにいったか。少し枯れてきたか。
Nsさんは、8*歳の方とゴルフして負けたと悔しがる。血圧は、神経性なもので、神経が穏やかになれば下がるという新説?

8人でわいわいやっている内に、コーラスの話で、歌え歌えとうるさいので、赤いサラファンを歌う。歌詞は覚えていたが声が出なくて参る。もう宴会では歌わないぞ。

2次会で、ISさんの絵の紹介があったが眠くて早々に休んでしまう。

庭のオキザリス
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庭のトレニア
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箱根

箱根紅葉散歩。
早く家を出すぎて、小田原に予定より早く着く。
ホームのベンチで、コーラスをイヤホーンで聞いていたら、幹事のArさんが現れる。早すぎたが、箱根湯本行きに乗る。
Arさんは、現役バリバリだが、連休中にもかかわらず計画してくれた。野球とソフトボールのチームに参加している。ソフトのチームは絶好調で7連勝中。
箱根湯本に着いたらホームがごったがえしている。強羅行きには乗れず、1本見逃す。既に次の列が出来ていて、凄い混雑。予想外。
次の列車も朝のラッシュ並。何とか乗れる。
スイッチバックしながらゆっくり進む。世界で2番目の急勾配を登る。紅葉は早すぎたようで、あまり見られない。

強羅の駅も大混雑。混雑の中、HsさんとYbさん、Tjさんを見つける。後の2人TkさんとKwさんも1本遅れて到着。
Hsさんは、病み上がりなので早雲山ケーブルカーに乗る。これも凄い行列で1時間待ち。残りの7人は、ケーブルに乗らず早雲山ケーブル駅まで歩く。
急勾配の舗装道なのであまり面白くない。強羅公園を左手に見ながら歩く。ちょっと単調なのでぶつぶつ言ったら「箱根美術館」に寄ろうということになる。

紅葉が一杯植わっている苔庭があり、もうちょっと後なら素晴らしい紅葉が見られたのに残念。
中世古窯(常滑・瀬戸・越前・信楽・丹波・備前)の作品を中心に、縄文時代から江戸時代までの日本古陶磁が展示されている。常滑、瀬戸、猿投の作品が多く、愛知在住の頃を思い出す。

箱根の山は、霧がかかってうっすらとしか見ることが出来ない。
何時もは遅いKmさんと何時も早いKwさんが先頭。早いので少々息が切れる。早雲山駅に着き、Hsさんと合流。

箱根大雄山別院に向かう。紅葉は残念ながら見られない。
御参り。大きな下駄が奉納してある。
温泉もあり、にぎわっている。

途中でホテルの上の蕎麦屋に入る。ここで地ビールを1杯飲む。会津若松と福島の美味しいお蕎麦を食べた後だが、まあまあ美味しい。

ここからどんどん降りて小涌園箱根ユネッサンを通過し蓬莱園に入る。ツツジの名所で3万本植わっている。千条の滝(ちすじのたき)を探したが見つからず。

宮の川駅に直接向かうHsさんとしばし別れて、もう少し散策する。太閤風呂への道を脇にそれて急な道をくねくねと歩き、うろうろして楽しむ。こういう歩きは大好き。Kwさんが元気でどんどん行くので汗ばんでくる。
宮の川駅に3時過ぎにつきHsさんと合流し散策は終了。

宮の川からの電車も混んでいたが、乗れないほどではない。
箱根湯本でやじきたの湯に向かったが一杯で待つと言われ断念。
バスに乗って行くひめしゃらの湯から降りてくるお客に空いているか聞いたら入れるという。無料バスで向かう。

ベコニア園に隣接。ベコニヤが綺麗でゆっくり見たいが、お風呂に入りたい皆はどんどん行くのでちらとしか見れない。
お風呂は混んでいる。露天風呂にゆっくりつかる。アルカリ泉でぬるぬるしている。泡風呂にもゆっくりつかり大満足。洗い場に待ちができているくらい混んでいるが幸い直ぐに洗うことができる。

再びバスで箱根湯本に戻り、Kwさんが見つけた赤提灯に入る。ここが意外に良かった。ちょっと高めの焼酎が極上で2本も飲む。他にビール、冷酒。イカソーメンが美味い。すっかり良い気持ち。極彩色。
Tkさんは、この11月で極彩色に入る。山、自転車、マラソンと多彩だが、私も入っているNPOで活動したいようだ。
Kwさんは、お子さんをご主人にあづけて参加。嬉しいね。女性のマネージャとして長く活躍している。健脚。
Arさんは、幹事。この会も5回続く。次は高尾山。この会ではKwさんと並んで最若手。ソフト、野球に熱心。
Hsさんは、病み上がり。お見舞いに行った時に比べると病人臭さが抜けてくる。下りの長い道を元気に歩いたので安心。
Kmさんは、今回は何故か健脚。タバコ止めたせいか。前回会ったときは早々と酔ったが、今回は持ちこたえた。歩くことは良いことだ。
Ybさんは、60歳を超えて、初めて成人病予備軍の数値になり、健康な生活を営みだす。奥様は文化人なので負けないようにとちゃかす。
Tjさんは、韓国の会社と付き合っている。ベンチャ企業のようで、面白い話が聞けた。

こういう集まりは最高だなあ。

早雲山途中のツワブキ
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箱根美術館の苔庭
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大雄山箱根別院
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箱根ベコニア園のベコニア
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球根植え付け

昨夜遅く次男が帰宅し、直ぐに嬉しそうにやってきた。
難しいと言っていた仕事が、徹夜して片付いたそうだ。以前よりデータ量が多くて大変だと言っていた。10月30日に仕事を受け取った時は、11月6日までと言われたようだが、お客様に確認したら10月31日までと言われた。交渉して11月2日。お客様からは催促の電話がたびたびかかりあせったようだが、何とか徹夜して2日に間に合わせた。達成感からか顔が上気している。良かった。

Sさんは、昨日の不調が夢のように、張り切っている。追い立てられて手伝う。雑誌とダンボールの束をくくってゴミだし。
芋たこなんきんをあわただしく見て、映画の切符を購入に出かける。今日はかりだされずにすんだ。

球根の植え付けを今日で終わらせようと、9時くらいから取り掛かる。
思ったより球根が増えていて、プランターに次々と植えていったら土がなくなってしまった。次男に頼んで車を出してもらい、花屋に行く。土とプランターを購入。
プランター全てと土全てを使っても、まだ球根が残っている。地植えする場所を作る。紫色の花が咲くつる性の植物(名前不明)が大層増えているので3分の1くらいを除去する。増えすぎた野草と宿根サルビアを除去。地植えの場所を確保して種以外は全て植える。
やれやれと思って整理していたら部屋の奥に水仙等の球根がまだ残っていた。もうがっくり。暗くなってきたし来週にしよう。それにしてもどこに植えるかなあ。プランターを置く場所も限界だし。

庭のペンタス
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ベルギー王立美術館展 パスポート

パスポートの期限が半年をきったので切り替えに行く。
Sさんについて来て貰う。一人で行きなさいと言われたがベルギー王立美術館展に一緒に行く条件で連れ出す。
まず写真。Sさんからおじいさんに撮れてるとひやかされる。
住民票の写しがいるかと思ったら不用。

日本大通りの貿易センターの旅券発行所に行く。
駅の構内にトリスのおじさんの壁画?が飾ってある。

きょろきょろしたかったが、Sさんにせかされて、旅券申し込みに行く。
待っている間、赤ちゃんが大変にぐずってお母さんが閉口しているのにぶつかる。職員も周りの人も、にこやか。そっくり返って泣き叫んでいる。
手続きを済ませる。後10年は旅行するだろう。20年くらいは申し込みたい。

上野の西洋美術館の「ベルギー王立美術館展」に行く。
イカロスの墜落」ピーテル・ブリューゲル〔父〕(?)。?がついているのは、作者に異論があるから。
「婚礼の踊り」ピーテル・ブリューゲル〔子〕。
「聖ベネディクトゥスの奇跡」ペーテル・パウル・ルーベンス
隣にドラクロワの模写がある。
「飲む王様」ヤーコプ・ヨルダーンス
本物の王様ではない。何かで選ばれた王。酔って吐く人と赤ん坊のお尻は、一時消されていた。
「花と果実」アブラハム・ブリューゲル
「浴女とサテュロス」アントワーヌ・ヴィールツ。
「陽光の降り注ぐ小道」エミール・クラウス。
「光の帝国」ルネ・マグリット
「孔雀」ウィリアム・ドグーヴ・ド・ヌンク。
などが目につく。

「 ベルギー王立美術館は、1801年にナポレオン・ボナパルトによって設立の政令が発布された長い歴史を持つ美術館で、古典美術館と近代美術館という二つの部門から構成されています。そのコレクションは15世紀から20世紀までの広範囲に及び、ベルギー絵画の豊かな伝統と多様性を余すところなく伝えています。収蔵点数は約20,000点にのぼり、ベルギー王国を代表する最大の美術館です。・・・・・ なかでも、現存作品が40点ほどしかなく、ベルギー王立美術館の中でもほとんど「門外不出」と言われるベルギーの“国宝”、ピーテル・ブリューゲル(父)(?)の《イカロスの墜落》が日本初公開されることは、大きな話題を呼ぶでしょう。この作品は、近年その作者をめぐって研究者の間で議論が展開されているものの、長年ブリューゲル(父)の代表作として広く親しまれてきた名品で、彼の油彩作品としては、ギリシャ神話に主題を求めた唯一の作例として知られ・・・・・ ほかにルーベンス、ヴァン・ダイク、ヨルダーンスといったフランドル絵画の巨匠たちから、クノップフ、アンソールら象徴派、また、マグリット、デルヴォーらシュルレアリスムの画家までを一堂に展覧し、16世紀から20世紀までのベルギー美術400年の歴史を展望する大変意欲的な内容となっています。」

ゆっくり鑑賞したかったが途中Sさんが気分が悪くなったのでそれが気になっておちおちできない。
何とか家までたどり着く。旅行の疲れが出たのか。

庭の小さな花
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庭のネリネ(何度も登場)
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近所の菊
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柳沢良平
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先生の誕生祝

久しぶりに歯のメンテに行く。
PCRの数値を上げようと何時もより念入りに磨く。
PCRとは「全歯面を100%として、何%の歯面にプラークが付着しているかを算定します。」
Sさんは、歯周病を防ぐため念入りに歯磨きをしている。今日はSさん並に磨く。
何時もの看護士さんが、凄いですねと驚く。ちょっとやりすぎたかな。
4.8%。一番最初に、歯の治療に訪れた時は、70%だった。
ブラッシングが大変上手になりました。と褒められる。

水曜会。
先生の誕生祝。
休息時間にケーキに蝋燭を立て灯りを消してお祝いする。蝋燭は5歳ごと15本。私より10歳以上年上なのに、お若い。何時もしゃれた服装でお見えになる。立ちっ放しで指揮をされるが、飛び回って指導する。若い女性の多いソプラノにはたびたび向かうが、問題児(私)のいるテナーにも駆け寄る。
何時までも元気で、少なくとも私がものになるまでは元気でいて欲しい。と言おうとしたら上手がいた。20周年にレクイエムを歌うことになっている。副団長が、先生の葬式に流す曲を指揮するまではどこかにいかないように、と言う。

「てんとうむし」「空と海のあいだで」「こんにちは大きな木こんにちは地球」「あんたがたどこさ」「ていんさぐぬ花」
ことごとく音がおかしい。自分ひとりで歌っていると何とかなっているようだが、他のパートと一緒だとつられてしまう。一度狂うとなかなか戻らない。少し気落ちしたが、団長がいないとこんなものかと気を取り直す。

飲み会で、Ydさんにアドバイスを受ける。

YdさんとHsさんの赤ワインが美味しくて心地良く酔う。

庭の薔薇
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近所のマリーゴールド
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近所の山茶花
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